21センチュリー・ボーイ

ご飯を食べて薬を飲んで始まって終わる一日に少しずつ慣れてきた。慣れすぎてたまに薬を飲み忘れるようになった。もしかして血圧上がって飲まなくてもよくなったりしているかも?と思って血圧計を測ると最高が80台だったりする。全然よくない。

今日はお休みだったけど体調があんまりよくないから遠出は諦めてヒトカラに行ってきた。カラオケの合間に通信教育の勉強しようとPC持っていったけれど結局重い思いをしただけに終わった。久々にデカい声を出せて少しスッキリした。カーテンレール越しに見えた夕焼けは美しかった。終わりが美しいなんて羨ましいな。その体調不良も私が女性の身体だから起こることのせいなんですが、身体構造がこんなんじゃなければと何度も何度も何度も何度も今までの人生の中で思った。違っていたら生まれてきても良かったと思えたような気さえする。本当に。

あんまりお金の話するの好きじゃないんですけど本当に今月笑っちゃうくらいお金がなくて明日の給料日を心待ちにしている自分がいる。でも楽しかったね。初めてする経験がたくさんあった夏だった。体感温度が5度くらい下がったおかげで夏があんまり嫌じゃなくなったし楽しもうとすら思えた。浴衣を着て夏祭りに行けたことが本当に嬉しかった。打ち上げ花火も見に行きたいしコンビニやスーパーで売ってる花火もやりたい。これは来年の夏かな。まだ数日ある今年のうちにやれるだろうか。

漂泊

もともと暑がりなのですが、数日前突然両腕両足と首回りが冷えてそのまま戻らず私だけ冬に逆戻りしたような体感になってしまい病院に行ってきました。

まずわかったのが血圧がとても低くなっているということ。あげるために水分多めにとったり塩分をとったりしましょうと言われたのでできる範囲で気をつけています。あとは血圧をあげる薬を処方されたのでそれで様子を見ることに。もしかしたらという懸念で受けた検査も問題なしでした。あと考えられる原因として自律神経かなという気もしていますが……ストレスをなるべく感じないように心がけたいけどむずかしいだろうな。

とりあえず今のところ大きな病気ではなさそうなので一安心しています。暑がりなので寒がりな女の子に憧れていましたがそういうことじゃないんだよ私の身体……。

そんなわけで無理ない程度にライブ行ったり飲んだり遊んだり変わらずしていこうと思います。まだまだ良い夜を過ごしていけますように。

最終回で死ぬ人

感情を口に出すことが足りていない、というのはもっともな指摘だなと思った。自分のことなど伝える必要もないしどうせ伝わらないだろうからという諦めからサボっていた。そんなこと前提でもう少し口に出していこう。嬉しい楽しい美味しい大好き。怖いつまらない苦手嫌い。自分の希望も伝えていくようにしたい。したいことしたくないことされたくないこと。それは叶う叶わないとは違うし、感情を察せさせるのも身勝手だし。

予定ない休日で天気と体調がよい日もなかなかないから今年は庭園巡ったり散策したりする日にしたい。永らえたくはないが死にたくもないので身体と精神を労わりながら心地良いものだけに触れて今しばらくなんとか日々を繋いでいく。

流れる白線

桜の季節がいつのまにか駆け抜けて終わりを告げようとしている。近所の公園には元々八重桜の木が2本あった。引っ越してきて初めて迎えた春、その八重桜の堂々とした美しさにここに越してきて良かったなと思わされた。出勤させられてひどい目にあったいつかの台風で1本が根元から折れ、残ったもう1本もかなり損傷してしまった。それでも春が来れば今年も花をつけ、その姿がなんともいじらしく愛おしさすら感じてしまう。もとからそこにあった自然なんてほぼなく誰かが植樹したりして育った植物たちだろうけど、私は花が好きだ。目に見えて動きがある訳ではないけど決して静止しているのではなくただそこで息をするように彼らも暮らしている。眺めているだけで不思議と笑顔になり心が綻ぶ。緩やかに葉桜の緑鮮やかな新緑の季節に移り変わっていく。わずか過ごしやすい爽やかな季節を心地よく暮らせたらいいな。

 

11月末に書いて残っていた下書きがなかなかだったので投下しておきます。

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寒さが進んでコートに袖を通した。全ての朝は悪いし結局迎えて安堵している自分がどこかにいるのだろう。日照時間が減るせいか地元はこの頃から自死する人がぽつぽつ増える。死を話題にするだけで病んでるとか考えすぎだとかいう人たちにうんざりする。生きる意味なんてないものを模索してきらきら生きようとするよりよっぽどましだと思う。死は現実だ。死を希望だとは全く思わない。いつか誰しもに訪れはするらしい。こうして思考し感情を持とうがある日突然その日がくるんだろう。痛みもあるだろう。その後はもう何もなくなるのか。ああ、怖い。死ぬのが怖いよ。生まれてこなければこんな恐怖に苛まれなくてよかったのに。

 

 

これから

クリスマスが終わると一気に年末の空気感に変わるのは案外嫌いじゃない。きのうが仕事納めでした。今年もよく働いた。

もうじき35になるけど30代折り返しでこんな転機の年になると思っていなかった。ただのお客だけどずっと企画やりたいと思っていたしやらないのと言われ続けてきたけど一緒にやりましょうと声をかけていただいて初めて企画をすることができたことが本当に嬉しかった。全部地続きの箱での音楽での縁。環境が変わっていなくなっていく人たちを1人2人と見送り、このままでいたいのに謎の不安や焦りに落ちることも毎日のようにあるけれど変わらずに居続けることを選んで良かったなと思えた。ライブに行くことも茶道も気がつけば15年以上続いているんだな。好きなことを一番認めてもらいたい人に理解されなくても相変わらず暗くて地味で何考えてるかわからないつまらなそうな顔をぶら下げてこれからも好きに生きるよ。

来年も早々に企画第2段があるしmotionに通っていた頃の自分に言っても信じられないようなことばかりで長生きすると思いもよらないことが起こるというのをとても実感した1年でした。今年を体感できたこと、すごく嬉しかった。そんな風に思えた年がかつてあっただろうか。34歳の私が過ごした日々を生じた感情をずっと忘れずにいたい。

私と関わってくださる方々、本当に感謝です。まだ明日も明後日もライブへ行きます。来年もライブハウスでお会いしましょう。

Autumn Circus

喉が痛くなって季節が変わっていくことを毎年実感させられる。それくらい喉が乾燥に弱く気をつけていたのに拗らせて咳が続き、今月久々の遠征含めて前からとても楽しみにしていたライブ数本も行けず、処方された薬を飲んでおとなしくしていたら副作用が出るわでそんなに私を落として楽しいんかいという気持ち。秋晴れの気持ちいい日が続きただの連休ならどんなによかっただろうと思いながら向かうのはクリニックや薬局で。全然快方に向かう気配がなく身体の老いをひしひしと実感している。治るんかこれ。

規則が記憶されていく。私の規則になっていく。日常に入り込んでふとカーテンを揺らしていくような。それがなんだか嬉しいなと思う。まだ少し勝手に生かされていていいかな。ありがとう。

海に捨てる

最近また金木犀の香りがする。あの香りがするたびに従姉妹の記念樹が金木犀だということを思い出す。

嫌悪しているものやどうでもいいと思いたい事柄こそ無意識下で執着してしまうものなんだろうか。それは矛盾ではなくそうなりたい、そうありたいと掲げる理想なんだろうか。どこか自分を棚上げしているようにきこえてしまうことが多々ある。私にもそういうところあるのかも知れないな……怖い。結局それに囚われたままなんだろうな。ある種枷というか檻の中というか。指摘すると噛みつかれるから檻の外から見ていることしかできない。

静かに穏やかにひっそりと今まで築き上げた小さな小さなコミュニティ、交友関係の中で暮らしていけたらもう充分だなと思う。生きて死ぬだけだもの本当。人生。意味なんてないよ。使命とか意味とかそんなんないよ。安心して不安に暮らそう。驕りや傲慢や顕示欲が人類を生かすなら心の底から滅びてほしい。